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書込ありがとうございます。バトルリングを見ていただいてわかりますように、コアな近鉄ファンは楽天やオリックスに移ることなく、どのチームを応援するでもなく、ちょっと野球を離れた視点から見つつある、こんな感じですね。 大阪ドームも会計は火の車、球団もそうでしたが、楽観視しすぎていたところがあったと思います。 今のご時世、野球だけでなくサッカーもワールドカップなどで盛り上がってますし、バスケ、バレー、テニス...いろんなスポーツの情報を手に入れることができます。スポーツ=野球の時代ではありません。 顧客の心を掴むのは、ホントに難しいことですね。 |
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僕の考えでは、大阪ドーム移転が終わりの始まりやったと思てます。藤井寺改修工事を、住民パワーで反対されて、しゃーなし二移転した感じですし。年間10億は明らかにぼったくりです。藤井寺やったら、自前の球場ですし、そこまで経費は掛からんかった筈なんで。返す替えすも、あの時藤井寺が改修出来なかったんが残念です。後、関西はタイガースがありますんで、人気と言う点ではしんどかったですから。結局の所、タイガース程集客力、人気があれば別ですが、電鉄会社が野球チームを持つ時代ではなくなったんやないでしょうかね。 |
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私も大阪ドームが没落の始まりに1票です。 何せ大阪のハコモノ行政の最たるものでしたから。 合併の時は「頼むから大阪ドームに残って。。」と房枝知事などが泣いて頼んでたのを思い出します。しかしオリックスはしたたかな悪徳企業ですから、自分のところは絶対に損はしない契約になってると思いますが。。 藤井寺ですが、漫画「あぶさん」の中でベテランのグランドキーパーにスポットをあてた話で藤井寺は非常に野球のやりやすい、いい球場であると描かれていました。 高校野球の大阪府大会も藤井寺を中心に行われていました。今はドームで開会式ですからぜーんぜん高校野球という雰囲気ではないです。 そんなこんなで野球するところが減ってアマチュア野球のすそ野が細ってきてプロも盛り上がらないんでしょうね。
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管理人様。 返事が遅れまして済みません。
>球団もそうでしたが、楽観視しすぎていた… 近鉄球団や親会社の一連の対応は、楽観視と言うか、寧ろ手を拱(こまね)いて努力を怠ったのではないでしょうか。 僕の近所にはそう遠くない所に西武電車が、そして近くのバス通りには西武バスが走っており、正にライバルとの比較が出来るのですが、西武はバスや電車内は元より各駅しか止まらない駅まで球団の広告やポスターを充実させ、これがオフ時でも絶えたことがありませんが、数年前に大阪、京都、奈良に旅行をした際近鉄及び同バスを使いましたが、何の宣伝も無かったことに愕然としたのを覚えています。 そして、観光バスやタクシー、果てはスキー場のゴンドラにもレオの絵を入れる熱心さなのに、近鉄にはそれが物流しかありません。 マスコミ対策にも力を入れ、文化放送やテレビ埼玉を手なづけているのに、こちらでも遅れを取ったのは致命的でしょう。 元々近鉄は現場に対し非協力的すぎると金村氏は著書「在日魂」及び「仰木彬 パリーグ魂」でボロクソに吐露していますし、野茂氏も「優勝されると昇給させなきゃいけないから、2位が丁度良い。」等とフロントに言われて頭にきた等々、批判を展開しています。 合併消滅はそうした無為無策の総決算ではないでしょうか。もし彼等に意識が高ければ、親会社の業績不振は合併の10年以上前から言われていたのですから、早くから存続策や売却宛確保の手を打っていると思います。
>顧客の心を掴むのは… これも「掴めなかった」のではなく「掴もうとしなかった」と言い換えられます。掴もうとしていれば、合併なんかは論外でしょうし、仰木さんが解任された15年前のオフでも、あれだけファンからも現場からも信頼されていた名将を手放すことはしなかったでしょう。実際、所沢の古狸(森)と戦えるのは当時のパリーグで仰木さんだけでしたし、誰もあの段階ではクサ(鈴木)の登用は論外の処置でしたから。
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ご意見頂き、誠に恐悦です。
僕の言う「惨劇」とは近鉄が合併消滅したことであり、身売りやむなしに陥ったことではありません。親会社が不振の場合は寧ろ身売りや移転で決着してくれるに越したことは無く、こうなってくれれば3年前、誰も大騒ぎしなかったと思います。 お二方共、球場の移転を挙げられていますが、確かに大阪ドームの経営が好い加減なのは事実ですが、バブル期の放縦経営のツケが高くついた近鉄本社の有利子負債は1兆3千億とも言われ、こんな様では例え藤井寺を動かぬまでも、経営体力が尽きるのは必定です。 仮に大阪ドームの経営が良かったとしても同ドームは近鉄沿線では無いので、何れにしろ近鉄が儲かることにはならず、沿線地域に新球場を造らなかった、そしてホームなのに鳴り物応援も出来ない、拡張しようにも場所が無い藤井寺に本拠を構えた近鉄の本末転倒振りが理解できます。昔はホームにも関わらずナイター設備も無かった体たらくですから。 一方で人気に関しては近鉄は、仰木時代も梨田時代も主催ゲームで百数十万人代を維持しており、この数字はどうしても巨人や阪神と比べると一回り少ないように見えますが、セリーグでも広島、ヤクルト、横浜のように百万人台やっとのチームがありますし、全盛期の西武ですら二百万を越えず、後にはマンネリ化で減少一途ですから、さほど見劣りはないと思います。ただ、鈴木&佐々木時代の低迷による一時的な人気停滞が惜しい程度でしょう。 このように、球場や人気云々は決定的ではなく、管理人様への回答で述べたように、親会社が瀕死状態でも熱意があれば活路は見出せるのですから、要は「有能な人材がいない」ことの一言に他なりません。 ここで仰木さんの話になりますが、当人は戦術のみならず人気取りでも改めて優秀だったと思えます。当人が車を持たず電車通勤だったのは自らが広告塔になる為だったと言われていますし、野茂の登板日は公表したし、マスコミ戦略も巧みで、打倒西武のスローガンやいてまえ軍団等の宣伝が全国を駆け巡ったのもあの頃です。10.19やブライアントの祝砲が未だに語り草なのもこれら努力の結果でしょう。常にあの人はセリーグに対するパリーグをもっと盛り上げ、沢山のファンに愛される球団を作ることに傾注していました。そんな当人が球団に最後まで残れば、例え本社が不振でも「最後の仰木マジック」と称して、這ってでも売却宛や移転先を探しただろうと想像に耽るのは思い込みすぎでしょうか。
乱筆がすぎてご迷惑なので、ここらで終わらせます。 お付合い有難うございました。
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まぁ、いずれにせよ最早終った事です。今更どうでもよろしいわ。 |